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2013-02-01 22:00 | カテゴリ:工場・醸造所
【第2回目】 KIRINビール 横浜工場

20121102@KIRIN横浜工場 (8)

見学日:2012年11月2日(土)
最寄駅:京急線「京急鶴見駅」徒歩15分
参加費:無料
試飲数:3杯まで


この記事がアップされているころ、私はまたハンバーガーの旅へと出発していると思います。
今度はどちらへ?それはまた時間ができたら記事にしますので、お楽しみに。

さて、このブログはハンバーガーをメインにしながらも、ビールについてもたくさん紹介したいと思っています。
ということで、昨年から始めたビール工場見学の第2回目をやっとアップします。
ハンバーガーに合うのはやっぱりビール!
そのビールについて、もっともっと詳しくなって愛着を持って、さらに楽しもうじゃないか!という趣旨。
今回は日本のビールでいちばん老舗なKIRINさんにお邪魔しました。


■KIRINビール 横浜工場

20121102@KIRIN横浜工場

訪れたのは京急鶴見駅。

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駅から徒歩で工場まで約15分ほど。
大きな幹線道路の第一京浜道路を横浜方面へと歩いていくと、KIRIN工場が見えてきます。

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建物や大きな貯蔵庫が見えてくると、否応なしに心が浮き足立ってきます。

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受付にて工場見学を申し込む。
ツアー開始までの間、ロビーにてしばし待つ。

20121102@KIRIN横浜工場 (9)

ロビーに飾られていたショーケースの中は、4000年前の古代メソポタミアのくさび型文字。
ビールを表した記述があって、なんと本物の碑らしい。

■「琥珀色の旅路」

さて、いよいよ見学がスタート。
今回は、女性4人組に、私たち3人の7人での少数ツアーとなりました。
この回は日本の歴史についても学ぶコースとなっていて通常よりも時間が若干長く、ウンチクも多く語られる内容です。楽しみであります。
ガイドの女性に引率されながら、エスカレーターを上がって行きます。

最初に通されたのは、大学の講義室というかプレゼンルームのような部屋。
ここでイントロダクションとして映像によるビールの歴史を掻い摘んで教わることが出来ました。

KIRINビールは、横浜育ち。
ということで、黒船来航とつながりの深い地として、歴史をなぞってKIRINの生い立ちを知りました。

嘉永6年6月3日(1853年7月8日)浦賀にペリーが来航し、日本のビールの幕開けのきっかけとなります。
タウンゼント・ハリスによって日米和親条約、日米修好通商条約が結ばれ、日本に新たに3港の開港が決まりました。
それが長崎、函館、そして当時寒村であった横浜でした。
それが開国と同時に、世界有数の港町として発展していき、欧米の文化を積極的に吸収した当時の日本人たちの躍動があったからこそ、、、今の横浜があるんですね。

開国当時の写真にビールを楽しむ武士という写真が残っているそうです。




■ビールの歴史

1869年ウィリアム・コープランドにより、横浜の地に湧水が発見されます。
彼は日本初のスプリングバレー・ブルワリーを作りビールの販売を開始します。
当初イギリス風のビールが人気だったそうでしたが、ドイツ風のラガータイプに人気が移っていったようです。
最初は、馬車で巡回販売をしていのが、諸外国へ輸出するまでに急成長したそうです。

その後、明治時代の発展と共にビールも国内に普及、スプリングバレーを引き継ぐ形で「ジャパンブルワリー」(KIRINの前身)設立。この設立には、激動の時代に活躍した武器商人トーマス・グラバーや三菱財閥の岩崎弥太郎などの手助けがあり、KIRINは三菱グループとなったそうです。


開港当時の横浜は101戸しかなかったのが、明治に8万人、大正に93万世帯(42万人)まで大きくなったのもの、関東大震災により、大きな打撃を受けます。
KIRINも山手の地から、現在の生麦への地へと工場を移転しました。
震災当時、貯蔵されていたビールを周辺の人々に分け与えて大変喜ばれたそうです。
この大震災によって、横浜は大きく近代的な港町へと生まれ変わるきっかけとなったそうです。

こういった、日本とビールの歴史については、キリンホールディングスのWEBサイトが物凄く詳しいので、興味のある方は一度ご覧いただくとよろしいかと思います。




■館内ツアー

というこで、実際に工場内の見学が始まります。
ツアー見学中は嬉しいことに撮影が可能な場所が多く、色々と写真が残っています。

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まずビールに絶対的に必要な原料、麦芽。
のどごし生は大豆を使った香ばしい香りが楽しめるビールで、麦芽をカラメルとローストのブレンドしたものがスタウトだそうです。
ビールは“液体のパン”と呼ばれるそうです。

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次にホップ。
ホップはビールの日持ちをアップし、香りと泡立ちを引き立たせる役割があります。
昔は、ホップの他にペパーミント等が使われていたそうですが、14世紀頃からホップが主流になったそうです。

2600年前の新バビロニアでホップでビールを作る記述が残っているそうです。
また、一番しぼりは麦・ホップ・水だけで作られているそうです。

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醸造機は銅からステンレス製へと変化し、サビなくメンテナンスも楽だそうです。

糖化(もろみ)→濾過(しぼり)→煮沸→麦汁が完成。
この濾過の過程で最初に絞り出される麦汁だけを使用しているのが一番しぼり、名前の由来なんですね。

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発酵には1週間要します。
19万平方メートルに1200名が働いているそうです。
20mのタンクは缶に換算すると、約148万本の容量にあたり、1日1本飲むと、4000年かかるそうです。

酵母は糖分解を行い、アルコールと炭酸ガスを作るそうです。
初期に分解されたビールを若ビールと呼び、熟成には1~2ヶ月要します。


ビールには3大発明と呼ばれるものがあるそうです。
1.1866年 パスツール 酵母発見
2.1883年 ハンセン 培養発見
3.1873年 リンデ 冷凍機発明→下面発酵が出来るようになる。

酵母は生きているため、それ以上の熟成をさせないために熱処理を加えます。
その熱処理を行っていないものを生ビールと呼びます。
KIRINクラシックは、当時の製法を楽しめるように、熱処理を行っているそうです。

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この横浜工場で作成されるびん600本/日
KIRINのびんは「なでかた瓶」で、共用している他社と違いKIRIN唯一の形だそうです。
昔は自社で瓶を作っていたそうです。瓶が茶色なのは、日光を遮りビールを守るためだそうです。

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缶は6800本/日
フォークリフトで運び、インクジェットで印字が施されます。

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明治時代に飲まれていた世界各地のビールのラベルは動物がモチーフにされており、日本らしく縁起の良い動物ということで麒麟になったようです。
当初は狛犬などによく間違われたそうで、デザインの変更も行われて初期のうちに今のデザインに落ち着いたようです。

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その後、1901年酒税法が制定されて、中小の醸造所が倒産していきます。
1906年にはアサヒ、エビス、サッポロの3社による「大日本麦酒株式会社」(大日本ビール)の誕生があり、ジャパンブルワリー(KIRIN)も声をかけられましたが、独立を守り、翌年1907年KIRINが設立されました。
この時、なぜ傘下に入らなかったのかは、また機会があれば聞いてみたいと思います。

大正になり、ビアホールができ、昭和では戦時下のためジョッキ2杯までの配給制となりました。
戦後に入ると、復興・経済発展と共に今の私たちの暮らしへとつながっていきます。




■試飲の時間。

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今回飲めたのは、一番搾りスタウトのフローズン生。
おぉ~とみんな喜びようが今日一番でしたw

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とってもかわいい泡ですね。
泡が氷のように固まった生ビール。
独特のシャリシャリっとした泡が面白いビールで、飲み進めても泡が消えることなく最後まで残ります。

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これが実はクセもので、グラスに泡がくっついて固くビールを閉じ込めているため、勢いよくグラスを傾けると一気にビールが溢れ出やすいです。お気をつけて。
(はい、私こぼしました・・・)

で、味についてですが一番搾りのスタウトはとてもおいしい。
コクがあって、まろやかな渋み、一番搾りだからこその美味しさのように思います。
が、クリーミーな泡ではなく、フローズンであるがゆえにビールと泡のコントラストが味わえなかったのがちょっぴり残念でした。
フローズンって人気なんでしょうか?

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ちなみに上手に告げるレクチャーがありました。
最初はとにかく勢いよく入れるんですって。
ご覧のように最初は高いところから注いでグラスを泡だらけにします!

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そしてグラスを傾けて泡を持ち上げるようにグラスに沿わせながら注いでいく。
泡でしっかりとビールを密閉して空気に触れないようにしてあげることが美味しさになるんですって。

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通常の一番搾りも飲みました。
こちらは普段飲みなれた一番搾りと変化なく。
工場出来立てだからこその味わいに期待をしたのですが、意外にも普通な飲み心地でありました。
もちろん新鮮さのような味わいは感じられたのですが。

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ちなみに、KIRINの横浜工場ではビール作り体験が楽しめます。
参加人数とか、費用がかかるようですが、オリジナルのラベルを貼って届けてくれるそうですよ。
次回は、実際にビールを作ってみたいものです!

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その後、近くに併設されているビアレストランに立ち寄りました。
スプリングバレーという、当時の大衆ビアホールを再現したレストランです。

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天井が高くて、とても開放的な空間。
この広さが心を広げて、ビールの香りや味をぐっと伝わってきそうな雰囲気です。
こちらでもう1杯飲んで帰りました。

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こちらはこのスプリングバレーオリジナルのビール。その名も「スプリングバレー」
すっきりとしたピルスナーですが、若干の苦味もほのかにあってとても美味しかったです。

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振り返ってみると、KIRINという会社は日本のビール黎明期から育まれた老舗のビール会社であることを大変自負している企業であると強く感じました。
それは日本のビールはKIRINが広めた、時代の苦難や発展と共にみんなの生活に寄り添うように成長を遂げてきた、そういった一連の紹介に、誇りをもっていることが分かりました。

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ビールの美味しさだけでなく、長い企業の歴史から会社のブランドアップを図っているのがとても感じられました。
初めは小さく心もとないところから営業をはじめ、世界へと輸出する大きな企業へと成長したその成功物語に、昨今増え始めたクラフトビールの今後に期待が膨らみました。
特に世界的な国際港街であり、そして日本有数の素敵なビール屋が多く、日本のビールの中心地となり得る「横浜」の地にKIRINがあることが、私には大変頼もしく思えるのです。

過去から未来へ、これから日本のビールのあり方や楽しみ方も多様性を迎えようとしている、そんな中で今このKIRINを通じて歴史を学べたのは大変有意義でありました。
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